淀川長治:明治、大正、昭和、平成にかけて生涯現役、映画一筋に生きた不世出の映画評論家 - 淀川長治さんを語る〜国弘よう子

淀川長治:明治、大正、昭和、平成にかけて生涯現役、映画一筋に生きた不世出の映画評論家
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淀川長治さんを語る〜国弘よう子

淀川さんは、今風にいえば、ホンモノの「肉食系男子」

「淀川長治映画の部屋」の収録の後は、赤坂の奈加川でお食事をするのが定番だった。

それまで、私は、天ぷらが苦手で、家でも外でも天ぷらは避けていた。しかし、淀川さんは、大の天ぷら好きで、「あんた、ぼくの残り食べてね」といつも、天ぷらの野菜を私の前に置いて下さる。

「私、好き嫌いありません。男も、食べ物も」なんて、お調子のりの言葉を言っていたので断る事も出来ず、「パクリ」。なんと、それが美味しかったのだ。淀川さんの面白い昔の映画の話のせいもあるが、きっと偉そうに云うと奈加川の天ぷらの揚げ方も上手かったのだろう。淀川さんがきっかけで天ぷらが食べられるようになってしまった。

80過ぎても淀川さんは、天ぷらの後は、うな丼で仕上げ。
ディレクターの岡田喜一郎さんと私は呑べいのせいか、淀川さんとの話をつまみにビールといったスタイル。時々、メニューにはなかったが、しゃぶしゃぶなどで盛り上がる事もあった。

店主は健康を気遣い野菜もたっぷり入れて下さったが、淀川さんはお肉ばっかり。野菜は私のお皿にさっと移してしまうしまうお茶目ぶりだった。
卵、ウナギ、肉とまさに、淀川さんこそ「肉食系男子」そのもので、パワフルな晩年だったといえる。
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