淀川長治:明治、大正、昭和、平成にかけて生涯現役、映画一筋に生きた不世出の映画評論家 - 世界クラシック名画撰集

淀川長治:明治、大正、昭和、平成にかけて生涯現役、映画一筋に生きた不世出の映画評論家
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チート

 


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チート
THE CHEAT
 

ハイ、早川雪洲の『チート』、問題の作品ですね、それをお話ししましょうね。

『チート』、早川雪洲の『チート』と言いましたね。実はセシル・B・デミルの『チート』なんですね。
これはもう、活動写真が始まって間もない頃で、ハリウッドがどうにかして偉い人を呼ぼうと思ってセシル・B・デミル、舞台で有名な人呼んだんですね。おかあさんは舞台俳優の学校持ってたんですね。

それでデミルも芝居に出てたんですね。そのデミルをうやうやしく招いたんですね。
「何でもいいですから、つくって下さい」言ったのね。
デミルは活動写真いうものを初めて観たんですね。で、これに作ることになった。
その作品の一つが『チート』。舞台劇ですね、刻印と言うんですね、これ本当は。

これに誰を使うか、早川雪洲を使うと言ったんですね。
早川雪洲はダウンタウンで剣劇の俳優やってたんですね。
それをデミルが観て、あれを使おうと言ったんですね。
デミルのその活動写真に対して、早川雪洲は「おれ活動写真に出るなんていやだよ」と思って、たとえば10万円で出るところを100万円だ言ったんですね。

こんなことで相手が呼べるもんかと思って「おれは100万円だよ」と言ったらデミルの方で「イエス」と言ったんですね。
もう、早川雪洲はびっくりしたんですね。
「えーっ、1本出て100万円」と一遍に映画俳優になったんですね。
早川雪洲はこの映画で一遍に有名になって、これからどんどんハリウッドで映画つくりました。

そしてこの作品はどんな作品か?日本人の大金持ちがいました。大金持ちは、焼きごて作っておりました。刻印ですね、いろんな刻印を馬のしりにあてる、いろんなもの作っておりました。それが趣味で商売の金持ちの男でした。

ところがある女が、有名な金持ちのくせに本人は金が一文もなくなった女が、どうにか主人が帰って来るまでに金貸してくれ言ったんですね。
20万円どうしてもほしいんだ。今この金がなかったら主人が帰ってきたら、あたい困っちゃうの。

「何月何日に、返すか」、「きっと返します」いって証文とったんですね。
けど、こんな証文何の役にも立たない。「おれに一つ、ここで書いてくれ」って、「何でも書きます」、「もしもこの金を返せなかったら私の背中にその刻印、焼きごてをあててください」と書いた。
「おまえ、これ本当にやるぞ。」、「どうぞ、どうぞ、必ず返しますから」そう言って帰ったんですね。

やがて月日がたって、その日が来た。女は泣きついて来たんですね。
「まだ金ができない、まだ金ができない」、「金ができなかったら、この通りだよ」。
そうして、その白人の女の背中をひきむしって、肌にガーっと焼きごてあてたんですね。それが裁判になったんですね、そういう話。

これを日本では封切らなかったの。こんなのは日本の恥だと言ったんですね。
白人の背中に焼きごてをあてるのはいいけど、日本人はそんなことするものか、いうことで、早川雪洲は日本に帰れなくなったんですね。
国辱者、日本をばかにしてる、こんな俳優は排斥しなくちゃいけない、こんな俳優はだめだいうことで、早川雪洲はかわいそうに『チート』のおかげで日本に帰れなくなったんですね。

けれども、これはファニー、ファニー・ワードという有名な舞台女優が相手役で、監督がデミルで、早川雪洲にしたらなんとすごい映画に出たかいう事になるんですね。
で、これで早川雪洲は一遍にハリウッドの本当に第一号の、有名な美男俳優になったんですね。

その次がウォレス・リード、その次がバレンチノぐらいの有名な有名な俳優になって、早川雪洲が映画に出る。観客は女で一杯、しかもその女達は映画館に行く前に、もう化粧して行くんですね。
映画に行ったって早川雪洲こっち見ないでしょ、いえ、早川雪洲がちらっとにらんだだけで、私はもう化粧しなくてはおれないんだ、いうぐらいに早川雪洲は女に人気あったんですね。

ところで後に早川雪洲が日本に帰って来ました。で、私はお会いしました。早川雪洲はいつでも奇麗な女の人を連れてますね、いかにも精力的ですね。
この人の言葉聴いてると本当にハリウッドの匂いがしますね。トムミックス言いましてね、いかにもハリウッド的な言葉使いますね。

この人が初めて大役で出た映画『火の海』というのがありました。それは大地震で噴火山が燃えて大騒ぎする大トリック映画でした。
その最初の方で、ある島があって、その島に西洋人が一人いました。その西洋人と日本の娘が恋しあって結婚するっていう事になりました。
で、その島に老人の哲学者がいました。哲学者は木の枝のような杖をついて、二人に言いました。「もしも日本人と異国人が結婚したら、この島は爆発するぞ。絶対に結婚したらだめだぞ。神の怒り、どんなに怖いかわかるか」なんて言うのが雪洲の役でした。

サイレントだから、その言葉は知りませんけどそういう役でした。見事な役、しかもその日本人、青木鶴子、自分の奥さんです。片っぽの西洋人はフランク・ボザージ、後に有名な監督になった人でした、その二人の役者の前でそう言いました。

サイレントですから、早川雪洲にあって「あんた、あの時に、わめきましたね。神の怒りは怖いぞ、凄いぞって言いましたね。あれサイレントだからわからなかったけど、どういうふうな台詞おっしゃったの?」言ったら、「はっはっはっはっはっ」と笑って、「おれ、あの時ね、ちょうど11時20分だった。腹が減ってね、もう飯食いたいから、大きな声でおれは腹が減ったぞ」と言ったの。
だーれも日本語わからないから、うまいなあと言ってくれたけど、おれはそんな事を言ったんだよ、と言いました。
まあ早川雪洲は非常にふとっぱらの、しかし見事な美男子でしたね。 

【解説:淀川長治】

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